時は現在。場所は南品川青物横丁あたりから旧東海道街道へ入ったあたり。
大きなびわの木が目印の佐々木理容室とその隣にある木造2階建のシエアハウスらしき家、びわハウス。そこに集まる人々、訪れる人々の日常物語。
25年間、故あってぷつりと別れて暮らした、母と娘が再会する、そんなとこから物語は始まる。
登場人物
雪江 母 72歳
知子長女 50代
民子次女 40代
佐々木理容室の佐々木剛とかな夫妻 60代半ば
ハーブ茶と花の販売 夏子60代半ば
居酒屋枇杷 和子60代半ば
和子さん運営の居酒屋枇杷 お客さん数人
⭐️1 佐々木理容室のピンク電話がなる
民子・もしもし、、、、すみませんそちらは佐々木理容室さんでしょうか。
かな・ハイハイ、左様でございます。ご予約でしょうか。
民子・いえ、あの。。。お忙しいところを恐れいいりますが、そちらに雪江さんという方はおられますでしょうか。
かな・あら、雪江さんに御用なのね、ちょっとお待ちくださいね。雪江さーーーん、母屋の方へいってるのかもしれません、すぐに呼んできますね。
民子・もしでも、もしかしてお忙しいようでしたら、私、またかけなおします。
かな・…
雪江・ごめんなさい、お待たせしました。はい、雪江ですが、、、。
民子・もしもし、、、、すみません、もしもし、、、、、。
雪江・えっ。えっ、もしかして御免なさい、民子かしら、、、、もしもし。民子なのね。
民子・民子です。お母さん、、、、、、、、、、。
雪江・まぁ、よくここがわかったわ。声がおんなじだからすぐに民ちゃんだって、、、、。
民子・お母さんも声変わんない、、、、、、、、、、。ごめん突然電話なんかしちゃって。
雪江・いいのよいいのよ、嬉しいわ。今はどこにいるの、どこからこの電話かけてるのかしら、タミちゃん、わたし会いたいわぁ。
民子・実は北品川駅から電話してるの。
雪江・すぐそばじゃないの、そこから3つ。4つだったか電車乗って青物横丁でも鮫洲でもどちらでいいの、そこまで来たら、もう一度電話してくれる、私の携帯番号言うわね。
佐々木かな・娘さんからだね、こりゃあびっくりだわ。雪江さん、なんだか慌ててるよ。もし会えたら、指折り数えて、ええええ、25年ぶりくらいじゃない。
雪江・あらあら、今日は朝から予約が入らないし、暇だわ、と思っていたら、娘からよ、なあんてことかしら、かなさん、娘の、次女の方ね、民子がこちらに来るみたいよ。どうしようっ、、、。
剛・いいじゃないですか。もう一時間で店も閉店だし、皆で広間でご飯しましょうよ、な、かな。
かな・えええ、楽しみだわ、どんな子かしら、ああもう子どもじゃないわね、
雪江・なんてことかしら、わたし親が亡くなった時には涙も出なかった薄情者なのに、なんで今こんな時に涙出てくるのかしら、おかしいわよね、かなさん。ちょっと広間を片付けときますね。いつもの通り皆さんと一緒に夕食、ということでいいかしら、あら、大変だわ、用意しなくちゃ。
かな・雪江さん、なんだかかわいいわね。こちらまでもらい泣きだわ。
剛・そうだなぁ、俺たち夫婦も死んだ兄貴も雪江さんにはほんと助けてもらったからなぁ。もうあの時から25年も経ったのか、あの事件は大変だったな、新聞に載っちゃったものね。それで雪江さん、自死した兄貴との仲を家族にも世間にも勘違いされてしまって、だけど、おれ、何があってもほんと雪江さんだけは信用していたな、あの頃からずっとな。あの人、誰に対しても言い訳ひとついわなかった。けどな、きっとこの25年、別れた娘さんたちも辛い思いしていたんだろうな。
⭐️2
雪江・さぁ、民子さん入って頂戴。
(お邪魔します、いらっしゃい、わぁ娘さんなのね、それぞれ挨拶をかわす)
雪江・不思議なスペースでしょ。ここの広間はね住んでる皆さんがみんなで夕ご飯食べたり、各自で作業したり、あそこにいるモト駅前居酒屋の店主和子さんが金土日だけ夕方から開く、居酒屋びわのスペースでもあるの。お客さん多いのヨォ。今日は木曜日だから住んでる人だけの夕ご飯なの。たみちゃん一緒に食べていってね。改めて紹介しますね。こちらは民子、今いくつになったかしら私の娘です。急に来てくれたの。25年間一度も連絡してなかったのにね。よく、ここに私がいるのわかったわぁねえ。
夏子・雪江さんが珍しくお喋べりになってるわ。
和子・民子さん、居酒屋日じゃないけど、ビールでも飲む❓
民子・いただきます。
(俺も、私も、私もの声)
和子・今日はね、急だったから普段のご飯しか用意してないけど、納豆蕎麦サラダとイワシの磯辺揚げと漬物とか卵スープとか、あとご飯で、そんなもんなのいいかしら。
民子・うわー、私にとってはめちゃ御馳走です。やったー。
(可愛いーーねとか、めちゃだってさ、笑い声)
民子・ほんと泣きたいくらい美味しい。和子さんのご飯、毎日食べたいくらい。
和子・あら、ありがと。毎日おいで夕飯時には枇杷のきのしたでにゃーとなく子猫たちもいるのよ。今日はまだ来ないわね。
民子・大食い猫だけど、私もにゃーーってこようかしら。
雪江・良かったわぁ。なんか嬉しかったり涙出たり忙しいけど、私も禁酒破ってビールいただいていいかしら。
夏子・和子・佐々木夫妻 いいんじゃなあい❗️
(ガヤガヤ、パチパチ、かんぱーいなどなど、大いに飲んだり食べたりしている様子)
民子・あんまりいこごちよくて、明日の朝まで飲んだくれてしまいそう。そろそろ失礼しますね。みなさん、これからまだお仕事や、おふろや色々ありますよね。本日は突然お伺いしまして、ご馳走になりましてありがとうございました。二十数年ぶりに楽しそうな母をこんなに間近に感じることができまして、皆様のおかげです。もう少しすると泣き上戸の私、大泣きしそうなので、これを似て本日は退散いたします。母とはまたゆっくり話したい、皆さんともお話したい。またお邪魔することになると思います。木下民子、木下民子をどうぞお忘れなく。
雪江・あら、聞きづらくて聞けなかったけど、あなたまだ木下なの、まだ独り者❓
民子・はい、残念ながら、というかへそ曲がりだから当然というか。でも事実婚の彼も彼の連子もいるの、生意気な中学生よ、3人で一緒に暮らしてるの。今日は私は仕事の帰りにふらっとこちらに来ちゃった。てへ。実は母さん、私一年前からここらあたりうろうろしていたの。なんか2年くらい前かな理容雑誌に載ったことがあったでしょ、佐々木理容室、あれを偶然見て、それから気がつくと、このまち周辺にフラフラきていたの、うちの彼もその彼の娘もほら民さんの母さん探しが始まった、とからかうのよ。いいのいいの。私があの二人父娘の家に居候させてもらってるんだからなんでも言わせておくの。。。。私ね、仕事はね実は飯田橋にある大学の社会学研究室の研究員なの、講師もやってる。普段は大体大学にいるの。2年前から品川周辺の、町に必要な商店街なんていう調査で来ることが多かったのね、偶然ね。それでいろいろ母さんに近づいて行けたんだと思う。今日はなんだか思い切って電話しちゃった。母さん、また来てもいい❓
雪江・もちろんよ。たみちゃん、すごいわねぇ。事実婚の研究員さんなんだ。
(ガヤガヤ、雪江さん、その二つをクッつけると変、など。ガヤガヤ 笑)
雪江・そうだ母さん、タミちゃんの髪カットしたい、顔のまっさーじもしたい。私がこれ以上おばあさんになる前に動けるうちにきっと来てね。
民子・うわお、お願いしたいです。そこらへんめちゃ構わなくて、お姉ちゃんには怒られてる、あっ、お姉ちゃんのことも今度お話しするね。みなさん、ほんと楽しかったです。またすぐに伺いますね。
枇杷ハウスサイコー。
(すぐ来てね、気をつけてね、などなど)
雪江・たみちゃん、暗い道は走ってね。人通りのある道通って帰ってね。
民子・お母さん、私、もう中学生じゃないんだから、、、、、、、。
(民子、泣いてしまいそうで振り向けない)
⭐️3 佐々木理容室 雪江と民子
雪江・日曜日の午前中なんて、よく来れたわね。
民子・あれから何度かびわハウスに遊びに来てみて、あぁ日曜日の午前中は理容室空いてるみたい、てわかったのよ。来週から地方、長崎ね、出張があるし、そうだ、このタイミングで佐々木理容室で髪カットしてもらおーって、昨日寝る前から決めていたの。お土産も忘れないように買ったし、遠足に来るみたいで楽しみにここに来るの。びわハウスの皆さんどの方も、それぞれの仕事が腕に覚えありの職人さんだわね。すごく好き。 あらーーー理容室の中から見回すと。夏子さんの植物いっぱいの庭が見えて、さらにすごいなぁ。
雪江・ハーブたちは見えないけど、夏みかんの木、イチジク、柿、ぶどうだなまで見えるでしょう。食いしん坊の夏子の庭って、みんなで笑うんだけど、実のなる木はありがたいわね。果物は庭からもいで食べてるし、ジャム用にはなつさんしっかり確保してあるの。朝食は季節のジャムとハーブと夏子特製丸パンよ。今度泊りにいらっしゃいね。母さんの部屋に泊まれるよ・
民子・あっ、母さん、そんなに短くカットする気ですかぁ。
雪江・たみちゃん、思い切って短めがいいんじゃない。さっきシャンプーした時、決めた。黙ってついてきてください、笑。
民子・かしこまりました。おおせのとおりにいたします。笑。だけど、母さんが理容師さんになってるなんてね。あんなに美容院へ行くの嫌いだったのに。
雪江・まっ、そうね。当時佐々木さんがこの店を弟さん夫婦とやってたのね、ここにはよくシャンプーだけしてもらったりしてたのよ。ほら蒲田のおばあちゃんおじいちゃんの介護に通ってたでしょ。蒲田の工場や家畳んでふたりを入れたホームがここの近くなの、それでね。週に一日は、蒲田に通ってたでしょ。施設に入れたら、安泰というわけにいかなくて、あの頃はまだまだ家族大変だったのよ。私兄弟いないから一人でね、石神井の家の方はお姉ちゃんはもう大学生だしあなたは高校に入ったところだし、週に1回はやっと出かけて来れたのね。工場の方の始末もおばあちゃんたちの家の売り買いも全部一人でやってたから、そうそう工員さんに退職金渡すのが一苦労だったわ。で、来る度にここでシャンプーしてもらえるのが息抜きだったの。あんまりわたしが疲れきっていたから、シャンプーした後そのまま椅子で寝てしまって、、、。佐々木さんも佐々木さん弟ご夫婦もそのままそっとしておいてくれて、冬場なんて毛布かけてくれたりしてくれて。
民子・何にも知らなかった。石神井の家に夜遅く帰ってきてたのは知ってたんだけど、お父さんがめちゃ不機嫌だったのもね。で、ある日いきなり新聞に理容師佐々木さん死亡、他殺かなんて記事が出て、お母さんの名前も出てたりして、記者がきて、オタクのお母さんは品川の方へ何しに行ってたんですか、って疑わしい目で、もうすでにストーリーができてて確認に来たって感じだったよね。で、私は皆目わからなかったけど、お姉ちゃんが出て、あの人クソ真面目だから、あの母はうちの母親ではありません、なんて大声出してドアをピシャッと。
雪江・おかげさまでわたしもピシャッと締め出されちゃって。笑。警察では丁重にされてちゃんとお話しできたし、その日のうちにちゃんと蒲田のおばあちゃんちまでお送りいただいたりしてるのにね。新聞て怖いわね。文字は残るから。
民子・本当にね。でもさ、お父さんはむり、新聞に載った時点で無理。
雪江・はい、それはわかってます。それからが大変だったなぁ、夢中で老親二人の介護と、工場の後始末、おばあちゃんおじいちゃん見送って工場売れて、工員さんに退職金渡せて、みんなとハグして別れて、今でも泣きそう。ようやく自分のアパートをここら辺で見つけて、食べて行かなきゃならないから、和子さんの居酒屋で働かしてもらったのよ。しかもその他にここの佐々木さんご夫婦が雪江さん、よかったら理容室で働いて、仕事身に付けませんか、と言ってくれたのが10年前くらいかしら。なのでまだ新米よ、私。ここはなくなった佐々木さんの理容室と住居と隣が大きな庭のある夏子さんの家だったのをくっつけて作ったハウスなの。ご両親が亡くなって独り者になった、夏子さんがみんなで楽しく暮らしません❓と言ってきたんだけど、まだみんななんのことだか理解してなかったのよ、7、8年くらいになるかしら、奈津子さん大工さんと相談して広げたり削ったり二階建てましたりと孤軍奮闘で、前の住まいも店も行かしながらだから、チグハグだけどとうとう今のようなびわハウスができてきたの、まだまだ直すとこあるかもよ。佐々木さんご夫妻は近くのマンションから通い、あとはみんなここに住んでるの。私もお部屋いただいて住まわせていただいてる、あっもちろん皆で経費は分け合っていますよ、そこら辺は理容室のカナさんがしっかりやってくれてるの。なんだか私ありがたくて。
民子・やばい、私、うかうかしてらんないわ。あたしの研究より、母さんたちの実態の方が先いってるし、めちゃ面白い。あっ、母さん、髪きりすぎと違う。もうそこらへんで私の髪はまとめてください。フェイススマッサージも気持ちよかった。このハーブは夏子さんのとこの❓
雪江・そうなの、今日たみちゃんのマッサージするといったらブレンドしてくれたオイルなの。たぶんホホバオイルにバラかな❓
民子・出張へ持っていきたい。
雪江・そうね、それがいいわね。料金いただくけど、夏子さんにいく分ね。
民子・もちろんです。雪江様。笑。 あっそうだ、仙台に住んでいるお姉ちゃん、お母さんのこと話したら、会いたいらしい。いつかいい感じの時に連れてきていいかしら。あの人あのまま結婚しちゃってすぐに母親になったの、たから、いい意味でも悪い意味でもまっったくあのまんま。だから気をつけながら話してる、電話とかで。少し待っててね。
雪江・そうね、私はここのおかげで大概のことは経験させてもらったみたい。誰でも大丈夫よ。ありがとうタミちゃん。あぁちょっと一言だけわかってほしいことあるの。亡くなった佐々木さんのことだけど、。。。。。。新聞に書かれたようなことはないんだけど、私ずっと佐々木さんのこと考えているのね、あの頃は自分のことや親のことでいっぱいで、もう少し佐々木さんのこと知りたかったのに、余裕がなさすぎたのね。私と佐々木さんはなんだったのか、と。それでね私はあの人にとても惹かれていたんだな、てことがこの頃よーくわかってきたの。70歳もとうに超えているのにね。こんな昔のこと言わなくてもいいんだけど、タミちゃんには言っておきたい。ごめん。
民子・母さん、改めて言わなくてもそのくらい想像できてたよ。好きだったの当たり前じゃん。
⭐️4 広間
今日は、和子さんの居酒屋@ビワハウスの日。枇杷ハウスの皆さんはそれぞれ作業中 雪江と民子と知子の親子
和子・ 雪江さあーーん、タミちゃんが来るのわかってるけど。お姉さんの知子さんも初びわハウスなんだってぇ❓ いいのかなぁ居酒屋開店していて。結構おっちゃんたち飲むとうるさい声だしなぁ。
雪江・いいのよいいのよ、特別扱いなしでお願いしまあす。もし知子がいずらそうだったら、タミちゃんと違ってまじめらしいから、、私の部屋に連れて行くわ。でもご飯はここでね。でもさ、ずっとこれからも来てくれるなら、ここにいて欲しいのよ。いろんな人に会えるし、あの子の知らない世界がここにはありそうだから。どちらにしてもたみちゃんに任せるわ。
夏子・そういえば民子さんからハーブオイル3本ご注文いただいわ。ありがたヤァ。なんでも高校生のお嬢さんも使いたいらしい。あっ噂をすればお店にお客さんが来たわ。
(居酒屋の客がパラパラ3組入店。和子さんの注文取る声など。理容室の佐々木夫妻も今日はこちらで夕飯らしい 民子と姉の知子も入ってくる )
民子・うわうわ、いいないいな、お店になってる広間はビューテイフル❣️ それに今日のメニュー、これまじなの。お姉ちゃん見てご覧、自家製柿の葉寿司だって、大根サラダ、叩きあじ、山芋の焼いたのやら、もやしナムルやら、ゴーヤチャンプルまであるよ、どーする。何食べたいの。
知子・たみちゃん、私何にも食べれないかもしれない。まずそれよりお母さんや皆さんにご挨拶しなくちゃ、、、、。
民子・挨拶はまず一ぱい引っ掛けてからでもいいのよ
(店内爆笑)
雪江・たみちゃん、お姉ちゃんの好きにさせてあげて。知子さんよくいらしゃいました。ずいぶん大人になったわーーー。見違えてしまったわ。
知子・お母さん、大変ご無沙汰しています。民子から聞いて、びっくりしました。私はどうしていいかわからないのですけど。今日ちょうど長男の連れ合いの親御さんにお会いする用事がありまして。東京銀座まで参りました、民子がちょうどいいからそのまま夕方品川の方へ母さんに会いに行かない、と誘われました、お母さんのお気持ちも聞いてなかったので、また別の日にでもと思いましたが、民子がいいのいいの一緒にいこ、というものですからきてしまいました。よかったでしょうか。
雪江・知子さん、よく来てくださったわ。とても嬉しいです。よかったら、こちらのテーブルでゆっくり一緒にご飯いただきましょう。
知子・はい。ありがとうございます。ビワハウスの皆さんのことは民子からいろいろ聞いております。佐々木さんご夫妻ですよね、母がいろいろお世話になっておりまして、なんとお礼を申し上げていいかわかりません、ありがとうございます。和子さんも、夏子さんも母を助けていただき感謝いたしております。居酒屋のお客様も母に優しくしていただきありがとうございます。居候の母が皆様に大事じにされている様子は妹から聞いております。
(店内のみんなシーンとして聴いている。)
民子・お姉ちゃんひと通りご挨拶できて気が済んだかな。一つだけ間違い訂正しておきますね。母さんは別に居候じゃないのよ。ここで皆さんとシエアして暮らしているの。
知子・でも、たみちゃん、ここお母さんの家じゃなくて人様のお家でしょ。居候じゃないですか。
民子・あぁ、この件につきましてはゆっくりとおいおいお話しして参りましょう、今の知子さんには理解不能な案件でした。はい。じゃ食べよう。皆様お箸を止めさせてごめんなさい。どうぞ召し上がってくださいな。和子さーーーん。私ビール。それとお寿司とお惣菜を全部ひととおりこちらのテーブルにもお願いします。皆さんも時々こちらに飲みに来てくださいいね。
(店内のガヤガヤ賑やかになる)
民子・自家製柿の葉寿司なんて生まれて初めて食べるわ、この柿の葉は夏子さんのお庭の柿の木ね。うま。うま。うまーーーい。
夏子・柿の葉をお寿司用に始末してくれたのは雪江さんよ。これが一大作業なのよね、助っかったよね、雪江さん、手の仕事ほんと丁寧だから。
雪江・柿は偉いよね。葉っぱも実も大活躍で。知子さん。息子さんは結婚してるのね❓
知子・そうなんです、長男。28歳なんですけど、学生時代からお付き合いしていた方と、つい去年お式を上げたんです。息子はパイロットなの。だから羽田にはちょくちょく来てるみたいです。お母さんのこと話したら、俺のおばあちゃんかぁ、あってみたい、て言ってました。彼女、さよさんも同じ職場で、乗務員やってて、海外勤務が多いらしいのですが、きっと二人でいつかここに会いに来るかもしれません。すみません。
雪江・なんですみませんなの、夢のようよ。たみちゃん、泣きそうだわ母さん。知子の息子だなんて。
民子・もう、湿っぽいのやめようよ。母さんも今夜ビール飲んでよ。
佐々木さん・知子さん、失礼。亡くなった佐々木の弟です。兄貴の後ついでかみさんと理容室やってます。雪江さんには私たち夫婦がどんなに助けられてきたんだか、もう姉貴です。連れて帰らないでくださいね。いかんいかんちょっと俺、よってきたかな、、。
(店内はそれぞれ大盛り上がりで歌う人飲む人食べる人の声声。)(知子が急に大泣き、わーんわーん)
知子・たみちゃん、お母さん、そこらへんのみなさん、泣いていいですか、わーんわーん。悲しいんだか嬉しいんだかわかんない、泣いていいのか、いけないかもわかんない。ごめんなさい、て言ったほうかいいか言わなくてもいいのかわかんない。わーん。しくしく。
民子・お姉ちゃん、泣いていいよ、短めにね。謝らなくていいよ誰にもね。泣き終わったら、おいしいの食べようね。
知子・うん、お母さんが準備した葉っぱの自家製柿の葉寿司食べたい。もやしのナムルも食べたい。ビールも飲んでみたい。(泣きながらやっと言う)
民子・よし、食べよう。飲もう。お姉ちゃんはかわいいねぇ、偉いぞ❣️
⭐️5 四年後、民子から皆さんへ(民子の独白)
民子・姉が25年ぶりに母にあったあの日から、4年が経ちました。それを今までのように会話で4年分お伝えすると、どのくらい時間がかかるか皆目けんともつきません。ここはひとつ、私の現場報告でお許しいただきたいかと,,,。4年も経ちますと、若い人ならともかく、びわハウスの住人はそれぞれ、歳がいきまして、それぞれいろいろな病気もしたり、ちょっとしたトラブルもあり、それでもビワハウスは今日も健在です。まず雪江、母はあと一年で80歳になります。ここのところ中腰で人様の髪をカットするのが難しく、フェイスとアームマッサージのみ座ってだと施術できるので、アロママッサージ専門となりました。まだまだ仕事はやれそうです。私も毎月一度はやってもらっています。このやり方だと死ぬ前の日までやれそうよ、なんて呑気なことを言っております。佐々木理容室のお二人はなかなかお元気です。雪江さんにはどんな形でもいいから店にいて欲しんだよね、店の雰囲気が違うもの、なんて言っていただいてます。姉の知子も母と別れていた25年分を取り返すように、頻繁にビワハウスへ遊びに行っては皆さんのお手伝いしているらしいです。母と会えるのが姉にとっては嬉しいようで、海外旅行ツアーを義兄から誘われてもいかずに、その日数ビワハウスに滞在したいそうです。よかった。和子さんと夏子さんの変化は、一年前から夜営業の居酒屋を終了して昼間のカフェに変更したことです。ビワハウスカフェはランチもお茶もお菓子も評判で、毎日定員25人限定にさせもらってるらしい。今までのお客さんもちらほらきますが、断然若い女性たちが多くなった。和子さんも夏子さんも大人気❗️ そりゃ、そうですよね、こんなに植物に詳しい人、食べ物に詳しい人が運営してカフェなんてザラにありませんものね。
最後になりますが、私民子の近況を。
25年前に別れた母を探し始めてから、社会学の研究者としての私の関心はひたすらまちの成り立ちの地盤とも言うべき、そこに前からあった産業、生業、住んでいた人たち、住民の交わりなどなどに向かっていきました。私が勤めている研究室のある大学には元大学総長の江戸文化研究、ジェンダー研究、高齢者の生活の研究など優れた庶民研究がありまして、私足元にも及びませんが手法を学ばせていただいています。進みすぎたのか拡がりすぎたのか一向に肌で感じることのできない令和現在の生活文化を普通の庶民達はどんなふうに受けているのか、作っていけてるのか、いけないのか、静かに見ていきたい。私がビワハウスに出会えたことは幸運でした。母さんに会いたいと、大人になっても実は一人で泣いたこともある私に、母が持ってきてくれた研究のためのヒントいっぱいの現場だと思っています。庶民文化は目に見えなくとも、メデイアに載らなくても東京の城北、東南にも、いやどの街にも静かに生き続けています。不肖私民子は、世界を駆け巡るグローバルな研究に誘い込もうと企む、パートナーの彼の策略に乗らず、東京のローカルを見続けていく所存です。またいつの日か皆様に物語でお届けすることができますよう、精進いたします。
