登場人物  

案内人 コン助

おさよ  母50代

お里   娘17、8歳

権右衛門 (村の下のほうの名主・仲人)ごんえもん

その妻

名主 源左衛門(下総 大貫村一の名主) げんざえもん

名主妻

ガヤ 婚礼会場の声いろいろ

江島屋主人 治右衛門 じえもん

江島屋番頭 金兵衛  キンベイ


⭐️1

案内人・さてもさても本日はお寒い中をお運びいただき御礼申し上げます。私、本日の怪談江島屋騒動のお話しをよりわかりやすく皆様にお届けします案内人のコン助と申します。時々この顔で出て参りますことご承知いただけますようお願い申しあげておきます。実はこの演目、かの落語の祖といわれる三遊亭円朝作の非常に長い落語人情噺『鏡ケ池操松影』かがみがいけみさおのまつかげ、というなんだか題名だけではストーリーの想像すら湧かない因果応報の物語、悪とは善とはなんぞや、なんていう難しいテーマーが潜んでる演目なのであります。明治二年に円朝師匠の長年にわたる口演をとうじ発明された速記術を駆使して記録されたものから、今回は一部を取り出しまして、母娘の怨念の悲しい、怖いお話として朗読台本江島屋騒動にいたしました。そうそう、この話の主人公母娘のちょいとしたプロフィールをご紹介しておきましょう。江戸深川佐賀町にお見立てよし、お世話よしの医者倉岡玄庵というのがおりまして大変繁盛していておりました。ここら辺りは、今でいうと門中あたりなんですが、当時は江戸で荷物が行き交う場所、砂糖、塩、材木などね、人足の多い街で、裏長屋jは、そりゃー貧乏人の巣窟で、そこの子供の腹痛からかみさんの産後の養生から玄庵せんせ、何から何まで引き受けちゃうお人好し、しかも金がない人からは金取らない、そりゃ、台所は火の車で、玄庵のおかみさんがさよ、その娘がお里というこれまた器量好し気立て良しの母娘は苦労の毎日でした。このお話の主人公です。よーく覚えておいていただきたい。そのうち玄庵がちょっとした風邪で医者の不養生ぽっくり死んでしまい、母娘、貧乏世帯ながら所帯道具を売りなんとか工面して取りあえす、母親の故郷下総大貫村へ移り住みました。はや半年、ささやかながら雨露しのぐ暮らしが落ちつき始めたところで、、、、どうぞ最後までごゆっくりと母娘の浮き沈みをお聞きいただけますよう、、、、オヤ、あちらからバタバタと急ぎ足音が聞こえてきました、こうなると物語の始まりのようです。、、、、はい。

権右衛門・はい、ごめんなせい、おさよさんおられるかいのう。

母さよ・どなた様で、オヤ権右衛門さん、よういらっしゃいました。ささどうぞ中へ。

権右衛門・へえ、ありがとうごぜえやす まことにご無沙汰いたしやした、秋ごろはまぁ、忙しくてよぉ、来る暇もありやせんですぅ。

母さよ・今年はお天気も続くし、大水もございませず、私共には田畑ありませんが、それでも水が出たの、土手が切れたのと噂聞きますと、心配で恐ろしゅうございます。今年は穏やかで作物もよーくできましてお互い様に幸せなことで。

権右衛門・はい、この分で2年3年こんな塩梅が続けばしあわせえもんだがねぇ、時に里さんはいますかいのを。

母さよ・ はい、おりますよ。お里や、権右衛門さんがおいでなすったから、ご挨拶申し上げな

娘さと・あら、権右衛門さんいらっしゃい。良いお天気で

権右衛門・ヤァ、これはお里さんか、久しぶりに会うたら、なんと大きく立派になって見違えるようでねえか、母(かか)さんに孝行だと村中で評判だべ、母さんを大事にしてよく働くダァ、なんとま器量よしの娘だぁ、ってな皆がおめえのこと褒めていやすヨォ。村中の若いもんがウキウキしてるがね。

娘さと・あら、権右衛門さんたら、お恥ずかしいです。

権右衛門・してね、さよさん。少し相談があってきやしのサァ。ナニ、今日名主さん、そうそう村一番のあの名主だがねえ、ワシを呼んで「権右衛門、われいって、倉岡の娘をもらい切って連れてこう」こういうのだ、おさよさん、大事な一人娘で気の毒やが、やってしまうわけにはいかんかのう。

母さよ・おや、うちの娘が何か不調法でしましたか。村の人たちや名主様にご無礼なことしましたか。私にはたった一人の娘でございます。連れて行かれては私が路頭に迷います。

権右衛門・イヤイヤ、おれがもらい切ってゆこうというのはこういうわけだーね、まぁ聞いてくれんかのう。あの名主どんのとこに、源太郎というせがれがおりやすでしょう、あん倅はあんまり外にも出ずで、部屋で机の前で何か発句とか言いやす俳句とかいうのん書いたり、静かのんが好きなん倅ですトォ、ところがこの間の盆に幸福寺ィ踊りみに行ったら、こちらのお里さんが踊り見ていたところを、月影で源太郎さんがお里さん見染めて、なんとまぁいい娘だァとおかっぽれよ、女房にしたいもんだが、まだ歳行かねえで口も聴けねぇ。さぁそれからよ、飯も喉通らんトォ、痩せていくばかりだと。ま、恋煩いやな。心配した母親がようよう聞き出して、おとっさんの名主さんに、あんなに好いてるんヤからお里を貰うてくれんか。このままだとせがれ死んでしまうべ、訴えたんだと。名主さん最初はあんな貧乏医者の娘なんぞ、釣り合わんの一点張りで反対しておったが、倅のためと、おれたんやな、それでわし呼んで、われ橋渡ししてくれ、仲人もしてくれ、とまぁあのエバりんぼうの名主どんが頭下げて頼むんヨォ。わし他でもねえお里さんの事だから、ヘイヘイと請け負ってきたんだが、どうか、やってくださるまいか、のう。

母さよ・ほんとにびっくりいたしました。何か不調法でもいたしましたかと思いましたら、そういうわけでござりますか。それはまぁ冥加に余ったことで。

権右衛門・誰の畑でミョウガがあまりやしたか

母さよ・なんとまことにありがたい幸せてでことです、娘もさぞ喜びましょう、しかし先方様は名主様でいらっしゃるが、私には一人だけの娘、どうにも上げ切りには致しにくうござります。

権右衛門・そうそれよな、先方でもそれいうとる、一人の娘をくれることだから、母親も一緒に引き取ってもええ。窮屈ならそばにちっこい家でも建てて、田畑も少々だんがつけてくれんべいと、そういう話だあねえ。

母さよ・ますます有難い話です、が、いよいよあげるにした所で、先方様はご婚礼の時は上下熨斗目ござりましょうから。私の娘もせめて地赤くらいは着せて白の打ち掛けも着せなければなりませんが、どうもその用意ができませぬ。

権右衛門・着物は先方で買ってくれるべい、オラァ話するから心配しないでええ、ちょっっといって三両二分ほどもろうて来るべいかのう。

母さよ・そればかりじゃ何も買えやしません、せめて五十両もなければいけません。

権右衛門・ナニ、五十両、コリャたまげたぁ、田畑が買えますぞい。まぁいって、相談ぶってみベェ。

案内人・権右衛門さん三里の道をとって返し、やっさほっつさ走り歩き、名主の源左衛門にこのことを話します、源左衛門は時々江戸へも参り、物の値段もよーく様子がわかるもんですからすぐに五十両渡しました。権右衛門金すを受け取り、またまたやっさほつさぁ三里の道駆け抜けお里親子にきんす渡したのでした。いい世話人ですなぁ。さて、母さよはしばし考え、先方も急いでること、今から染め縫いから衣装作るには日が足りませぬ、江戸へ出て古着屋のいいところで、婚礼の着物を選んでもらいましょうと、親子二人手に手をとって江戸に参りました。久しぶりの江戸、母娘は晴れ晴れいそいそとしてました。今日は九月のこと神明さんのお祭りがございまして、祭りの見物がてら芝日陰町まで足の伸ばしますと、江島屋という暖簾をかけ、袖蔵付き、間口四けんの立派な古着屋がございました。以前から何かと評判を聞いていた店で、母娘はここがよかろうと立ち寄りまして、赤地に松竹梅の金系銀糸の縫いのある友禅に、白の打掛から大和錦の帯から普段の着物見繕って全部で四十二両の買い物をいたし、母娘喜び勇んで大貫町の田舎家まで帰ってきたのでした。婚礼は十月三日と決まりました。婚礼の日までに細々それでも晴れやかに親子で用意をしておりました。あっという間に日はすぎてとうとう待ちに待ったその日がやってきたようです。秋晴れの良い日でしたが女心と秋の空とはよく言われたもので。この日の天気は途中からえらいことになりました。、、、、、はい。

権右衛門・ハイ、ごめんさいよ。今日はまぁいいお天気でおめでとうごぜえやす。仲人頼まれたんだが、勝手が知らんねへからまことしんペイで仕様がねえが、名主さんとこのかか様言うにはあんまり立派すぎるのも窮屈やから、お前さま、中位でよかんべいというだよ。で、ちょっくら安シんしただよ。お前さんたちも知っての通り、ここから名主さんとこまで嫁っこ乗せて馬で乗り掛けで行くだよ。支度ばぁ出来やしたか。

権右衛門妻・今日は、はーおめでとうござりやす。うちんの人はなんでもハー一人で心配ぶって、みっともないことしたくねぇ、誰か物知りはいねえかいのぉと。幸福寺の和尚さんとこ教えてもらいにいきやしたが、和尚さんに笑われて帰えってきやしたハー。

権右衛門・ヤァ、余計なこと喋るな。

母さよ・お二人とも誠にありがとうございまする。里や、此処へおいで。

里・誠にお世話様でござりまする。よろしゆうお頼み申します。

権右衛門妻・まぁ、こりゃあたまげた、あんたここへ来てみてみろ。わし、こんなきれいな嫁ごも着物も見たことねえべ。

権右衛門・これで向こうへ行けば名主もオッたげるべえ。ゆっくり馬にお乗りやす、ささ、ゆっくりな。ほれ道端の村の人たちのぶったまげた顔をみんしゃい、シャンシャン鈴鳴らしましょうぞ。あぁ、綺麗な嫁ごとの道中は気持ちの良いもんじゃのう。さて、半分ほど来ましたかのう、ありゃ西の空怪しく曇ってきただ、少し馬っこ早めますぞいのう。

母さよ・仲人さん、仲人さんこレはこれは強くなりそうな雨、降ってきました、私らはなんとかしますけん、お里にあるものなんでもかぶせてやってください、お願いします。

案内人・途中で傘借りたり色々工面しましたが、それでも母親も仲人も嫁さんもぐっしょりぬれて、ようよう名主の玄関先まで辿り着き、急ぎ雨露絞り出し、奥座敷で三三九度のサカヅキ取り交わし、さぁ、村の名主連がうち揃うなか、宴が始まったのでした。ここいらの風習で嫁に来たもんが客人に回ってお酌や給仕をするというのがあって、里は慣れない婚礼衣装のままそれでも笑顔絶やさずお酌して回っておりました。

ガヤの声色々・イヤーなんて美しかぁ嫁じゃねえか●こっちこ、こっっちこ●おらの方にも酌しにきてくんろ●いいべべきてどんな布やねぇ●どれどれなどなど

案内人・そのうち酔った客が里の着物の裾にひじをかけていたのを知らずにさとが立ち上がった途端に、着物の腰から下がべろンと剥がれ、下は腰巻のまま、、、、。

ガヤの声色々・イヤーこりゃあ。余興の一つかや●こっち向いてくれ大笑いやな。●着物半分きれちまって、とんだイカものじゃなぁ●笑い、笑い●どれどれなどなど

名主・権右衛門ココへこい、この嫁のざまはなんだ。

権右衛門・あめずぶ濡れで、ぶっ切れたんべ。

名主・馬鹿野郎。雨降ってきものオッ切れるんなら、ここにいるものの着物全部おっきれるわ。あんなノリつけのような着物着て俺に恥書かせてるのか、嫁にもらうにもただじゃない、五十両の大金渡したんだ、それとも何か我が向こうには少なく渡したんか。

権右衛門・誠に申し訳ない、金は五十両渡したんだが、それで着物買ったんだが、どうして切れたんやろか。

名主・黙れ黙れ、村中のものに顔向けできない恥かかせて、明日の朝五十両返して、てめえも、さと親子も村におけねぇ、とんでもねぇ奴らだ。せがれがなんと言っても、もうだめだもらわね。俺はもう堪忍ならねえ。宴会は終いじゃ終いじゃ。

権右衛門・カカさん、とんでもないことになりやした。いかにして裾が切れたんかね、泣かないで聞かせてくれろ。オラもおめえさんたちも村にいられなくなったよぉ。なんでか教えてくれろ。

母さよ・誠に申し訳がござりません。私も元は江戸にに住んでおりまして、古着屋がイカ物を売るということは知らないわけではありませんが、あの江島屋があまりにも立派な構えで、よもやイカものを売る気遣いはあるまいと思い、糸をといて中を改めませんだったのが私の誤り、私の落ち度からお仲人さんにも恥かかせまた名主さんご一族には誠に申し訳ござりませぬ。娘に万座の中で恥かかせましたのも、これみんな私の届きませんからのことで、全く四十二両出して買いましたのには違いませんから、そのことはどうぞあなたから名主さんによろしくお伝え願います。あれそういえば、里が見当たりませんが。里、里や、お里ーーー。

権右衛門・あれま、いまさっきここにいたお里さんが、かかよ、お里さんみんかったか。

権右衛門妻・里さんなら泣きながら走って外へ行きましただ。どこへ行くかね、聞いたら誠に面目ないから身投げて死んでしまいます、言うんで、外暗いからキイつけてなーと一いっておいたがのう。

権右衛門・馬鹿野郎、なぜそれ早く言わんのじゃ、すぐにおっかけろ。ワシもすぐに行くから。

案内人・もう間に合いません。哀れお里は田んぼみちを一里も走り抜け、神崎の土手の辺りまで来ますと土手に立ち、すごい勢いの渦巻く川をかなしい形相で見据えて、娘は着物の左片袖に手をかけビリリちぎり、傍らの柳の枝にかけます。

里・あぁ、思いがけない今日の災難。なんと情けない、なんと恥ずかしい。私が不調法から仲人様にも恥かかせ、名主様を怒らせ、お母様には尚更な難儀になるようなこと致しましたのも皆私がいたしたこと、明日になれば私たち親子は村より追い出される身、お母様はさぞさぞお嘆きになるでしょう。里はいっそこの身sを投げて死んでしまいまする。先立つ不幸をどうかお許しください。しぬる命は惜しまねど、ただ恨めしいのはあの江島屋という古着屋、私ら親子の目を欺きイカものさえ売っていなければこんなことにはなるまいものを。おのれ江島屋、タタリをなさいでおくものか。。。。

⭐️2

案内人・びんのほつれをかき上げて、江戸の方を睨み、もんどり切ってどぶーンと飛び込みました。天明二年十月三日お里十七歳。死体はついに上がらず。これがつまり江島屋に祟りをもたらす元でございました。さてさてお話はいよいよ佳境に入ります。数ヶ月があっという間に過ぎました。昔の冬は寒うございます。これから申し上げる話の続きで背筋まで凍る寒さになりそうでございます。以前より江島屋にはたいそう働き者の番頭がおりまして主人の片腕となり何から何まで引き受けている男で、名を金兵衛と申します。その金兵衛、掛け取りの集金で下総からその辺りの雪に覆われた村々を歩いております。とまたもや雪がパラパラ降ってまいりました、、、、さて。

金兵衛・あらま、こりゃまた今宵は大雪になりそうだわい。来月は大忙しになりそうだし、なんとか江戸へ戻りたいものだが、急いだばかりにこりゃや帰り道間違えたかも知れん。知らん場所にに出てしもうたらしい、こっちは雪も大雪だぞい、コリャー参ったぁ。どこぞに家でも見えんかのう。あちらに見えるチラチラ灯が見えてる、まさか居酒屋でもあるまい、あれは人家だろか。それにしても大雪だ、歩くに一苦労、江戸に帰るのは今夜は諦めて、あの家に泊めてもらうかいのう、、、、やや、茅葺き屋根のものすごく傾いた荒屋(あばらや)だが、焚き火燃えとるんだから人は住んでおるのだろう、(トントン、とを叩く)もしもしお願いいたしまする、私、旅周りの商人でござりますが、この雪で歩くのも難儀しております、どんなとこでも構いませんので、一晩留めていただくわけにはいきませんやろか。

荒屋のババ(母さよ)・なんでござりますか

金兵衛・ええ、鎌ヶ谷へはどう参りましたらよろしゅうございますか。

荒屋のババ・どうまいってよろしいいか、わかりません。

金兵衛・ええ、こちらから船橋へは出られますでしょうか。

荒屋のババ・船橋は大方南の方でしょう。

金兵衛・私は江戸おもての商人ですが、勘定周りに来てこの雪、道を踏み迷い難渋しております。何卒、どんなとこでもよろしゅうございますから一晩泊めてくださいませんか。

荒屋のババ・お困りならばお泊まりなさい。誠に寝る着物も夜具も食べるものとてありませんがそれでよろしければオトマンなさい。

金兵衛・ええええ、よろしゅございますとも。

荒屋のババ・それじゃぁ、そこをお開けなさい。

金兵衛・屁、じゃ、おことばにあまえて、へぇゴメンくださいまし。

荒屋のババ・サァおあたんなさい、雪で足も濡れましただろうから、脚絆のままで足を投げ出しておあたんなさい。

金兵衛・へぇ、ありがとうございます。やれやれ暖かヤァ。助かりました。時にここはなんていうところでございますか。

荒屋のババ・ここは藤ヶ谷新田と申すところです。

金兵衛・それじゃぁ五筋街道ですわ、

荒屋のババ・さむうございますからそのかごに、このはや木端が入ってます。ご遠慮なく、くべなさい。

金兵衛・へぇ、ありがたい、ありがてぇ、それじゃ遠慮なくくべさせていただきます。

案内人・と金兵衛が枯れ葉コッパをボワーとくべ、燃え上がる炎の灯りでそばの婆をチラッと見マスト、年の頃は六十頃でしょうか、はながツンと高く、小鼻は落ち、目はポクーンとくぼんで頰肉は削いでとったようで、真っ白な髪が顔にバラっとかかり、骨と皮ばかりの手を膝に突き立て前の方へ方へ猫背に乗り出したそのザマの恐ろしいこと、絵にかいた一つ屋の老婆のようだから、金兵衛ゾッとしました。

金兵衛・誠におかげさまですっかり温まりました。

荒屋のババ・こんな原中の一軒屋に私のような婆がおりましたらあなたはさぞやお気味が悪いでしょうねぇ。

金兵衛・どういたしまして、ああなた様よくこのような寂しいところにおいでですが、どこか近くにお子たちでもいらして、お一人でここにおいでになるのでしょう。

荒屋のババ・どういたしまして、娘も息子もありませんで、今では世に捨てられたこじき婆です。

金兵衛・どういたしまして、よくかようなところにお一人でいらっしゃいます。気丈なお方で、、、、。

荒屋のババ・なにもご馳走はありませんが、唐もちがありますがお上がりなさるなら、囲炉裏にくべてどうぞお食べください。

金兵衛・ありがとうございます。遠慮なくいただきます。田舎のからもち結構な物ですなぁ。2つほどいただいてお腹も膨れてまいりました。

荒屋のババ・おやすみなさるなら、ここが二畳ばかりのとこですが、一番風があたりませんから、ここにむしろ引きますので。どうぞここでおやすみなさい。

案内人・旅の疲れか、金兵衛むしろの上に横になると、うとうとしはじめ、やがてぐっすり寝込みまして、真夜中ふと目を覚しましますと、障子の破れ目から真っ黒な煙が入ってきまして、きな臭いからコリャー婆さんアンカでもひっくり返したんじゃなかろうかと起きて障子の穴から覗いてみると驚いた、婆さん片膝立てまして、赤い縫模様の着物をビリビリ引き裂いて囲炉裏のなかへ屁くべ、竹の火箸で灰の中へ何か文字のような物を書いては力を入れてうーーーんと付き、その後、前のはしらに貼ってあう書き物のとこまでヨタヨタ歩いて、エイトばかり打つ、また囲炉裏にビリっとさいた布を燃やす、覗いていこれを見ていた金兵衛びっくりして、大変なとこに泊まってしまった、なんでも一筋縄では行かない婆さんだ、、逃げようにもにげられず、ただただ南無阿弥陀仏、阿弥陀仏と口の中でお経を読んでいたのでした。

荒屋のババ・お客さん、空いびきなど書いて寝たふりしないでいい、みたらみたでいいから、ここへおいでなさい。

金兵衛・へい、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。婆さんお前さん気を確かにお持ちなせえよ。のぼせおるでぇ、そんな赤い綺麗な布など燃やして。しっかりしなせえよ・

荒屋のババ・誠にお恥ずかしい事で。こういうことは人に見られると成就しないと言うことですが、あなたにこんばん見られますと私の願いも成就しません。この縫模様のことについては悔しい、かなしいことございまして。まぁ、今夜は二十一目の成就の日にお泊りになったのも何かのご縁、婆の話をお聞きくださいますか。

金兵衛・へいへいどういう訳でございますかな、承りましょう。

荒屋のババ・ハイ私も元は江戸生まれですが、子細あって数年前に香取郡の大貫村というところへ引き込みまして、おっとが江戸深川でなくなりましたのちはたった一人の娘ばかりで、その娘と二人で小さな家で暮らしておりました。年は十七で顔貌も優れていたところ、名主の息子が嫁にしたいと言うので、支度金五十両受け取り、急ぎますことから江戸の芝へ婚礼衣装を買いに行きました。先々月の十月三日に祝言となりまして、馬の乗せられ名主のところまで行く途中にえらい雨に会いましてびしょ濡れで先方へ着きますと、三三九度も急ぎで、その後の宴会のお給仕はあそこの村の決まりで、嫁の仕事、娘が花嫁衣装のまま客人の周りを歩き回りお給仕しておりますと、ある客が娘の衣装の裾を踏んでいるのを娘は知らずに立ち上がりました。と、縫い物がイカモノですから腰から下が抜け。万座の中で娘は大恥をかき、名主は怒って金を返せ返さねば村から出て行けと立腹。私途方に暮れていますと、娘はいつの間にか姿が見えません。急いで探しましたが、娘は私ゆえにこういうことになってしまったと、神崎の土手から身を投げまして死体も上がらずでございます。私は五十両の代わりに家作田畑取り上げられまして、村を追い出され、この藤が丘新山の荒屋へ参ったのでございます。私はもはや生きがいのない身の上、死ぬくらいなら、私ら母娘の目を欺き、イカものを売った古着屋の目をつぶし、祈り殺してやろうと、娘が死ぬとき柳の枝にかけて残した片袖をここに持っております。毎晩引き裂いて囲炉裏にくべ囲炉裏の中にめの字を書いては火箸でつき、祈ります。まずはメクラにしてやる。満願成就二十一にあなたに見られてしまいましたが、明日には私は祈り死にに死んでしまう覚悟でございます。

金兵衛・ごもっともなことですが、婚礼衣装の縫模様なぞにはイカ物が多いとよく聞きます。どこの古着屋でお買いなさいましな。

荒屋のババ・あすこに受取がございましょ、そう、柱に貼った書き付けです、そこに書いてあります。芝日陰町の江島屋という古着屋です。

金兵衛・ナニ、江島屋とな

荒屋のババ・あなたご存じかえ

金兵衛・いえ、なーに。。。。。。私は浅草の方だから少しも知りませんが、お婆さん、古着屋の中にはそんな店もあるとのことですが、人を呪えばあな二つという例えもありますから、古着屋を呪うのはもうやめて、娘さんのために念仏唱え経てやった方が功徳になりましょう。

荒屋のババ・なんで諦めますものかえ。どうにも悪いのは古着屋、残らずとり殺します。店のものも番頭も小僧も皆とり殺します。

金兵衛・だがねおばあさん、私がこうやってここに泊めていただいたのも何かの縁、たくさんはないけど、ここに五両置いていきます。これで娘さんに塔婆の一本でも立ててあげてください。

 

荒屋のババ・いいえ、金は入りません。私は明日にでも祈り死にしますゆえ、金はいらんです。

金兵衛・そんなことは言わずに、おやおや夜が開けてきました、慌ただしいことですが、私はこれで失礼しますよ。

⭐️3

案内人・金兵衛が転がるように荒屋を飛び出し、ほうほうのていで江戸へ立ち帰り、江島屋治右衛門の門かたへ帰ってきますと、店先にすだれ垂れに忌中とありました。治右衛門の家内が急病で亡くなり、そのお通夜の晩に店の小僧が階段から転げ落ち即死、金兵衛いやーな気持ちになりタタリがもう来たかと背筋も凍り、、あぁこの家も店も長くはないのかもしれん、と怖くなりました。ついに金兵衛は荒屋の老婆の話を主人に言いそびれて、数年が経ちました。そのうちみせもまた忙しく活気付いてきましたので、すっかり呪いの婆のことを忘れてしまいました。さて今年の秋口は繁盛大儲けの江島屋さんいかがなりましたでしょうか、今夜の雨は大降りで、店は早仕舞いしたところです。店の者たちも今夜ばかりは早がり、治右衛門が帳場に残っていた金兵衛のところにやってきました、、、、、。江島屋イカモノの商売のカラクリは主人治右衛門と番頭の金兵衛二人だけでやってるもんで、治右衛門にとって今夜がその絶好なチャンスらしいです。

治右衛門・金兵衛どんや、奉公人はみな寝ましたかな、奥の倉の左の棚に積んである模様ものを確かめたいから、ちょっと一緒に来ておくれ。

金兵衛・へえへえ、そしたら明かりもちましておさきに蔵の網戸あけまひょ。

治右衛門・金兵衛どん、たいそう降ってきたなぁ、もう何時だろう。

金兵衛・へぇ、もう四つ半ゴロでしょうか。あれ、誰だい、そこの棚の近くにいるのは、そこに蹲っているのは誰だい。

治右衛門・なんだい金兵衛どん、何をグズグズ言っているんだい。何か、誰かそこに居るのかい。何もいやしないじゃないか。何を言ってるんだい、早く先に入らないか。

案内人・金兵衛、ぼんぼりを高く上げて、模様物棚の下から見上げてみますと、びしょびしょに濡れて水の滴る袖がちぎれた振袖をきた島田髷の娘が雨の中を歩いてきたような姿で、ほつれ毛を襟にまとい片袖を顔におし当ててさめざめと泣いてる様子。あれはあれは去年の冬藤ヶ谷新田雪っはらの荒屋の婆が言っていた、川へ身を投げた娘に違いない。金兵衛江まざまざとあの荒屋の婆の話を思い出しました、ぶるっ。江島屋でイカもの売られた娘そのもではないのか。今日はちょうど娘が死んだ月、日にちも同じで数えてみれば一周忌の祥月命日。ぶるっ。金兵衛慌てて、南無阿弥陀仏編む阿弥陀仏わなわな震えが止まりません。

金兵衛・だんなぁ、今夜は、模様物の見分けはヤメましょうよ、私はお先に出ますよぉ。くわばらクワバラ。

治右衛門・オイオイ、行ってしまっチャァ、行けないよ。くらいじゃないか、暗くて何にも見えないよ。時々妙なことする男だ、仕方ないわたしも帳場にもどりましょう。

金兵衛・旦那様旦那さあまぁ、今までお話ししないでおりましたが、人の恨みや執念は酷いものでございます。私が去年の冬掛け取りの帰りに泊まりました一軒家に化物のような老婆がいまして、大きな囲炉裏に焚き火をしてその中に綺麗な模様布をちぎって吐くべ泣き泣きいますから変だと思いましてだんだん仔細を聞き出しますと、自分の娘の嫁入り仕度を芝日陰町の江島屋で買ったところがそれがイカモノで腰からちぎれ、それゆえ娘が川から身を投げて死んだのでそうで、江島屋が人をめクラにしてイカモノを売った、そこの主人もメクラにし無いではおかない、婆が囲炉裏の中に火箸で目の字を描いてそれをつついて、、、、、

治右衛門・あっイタタタタ、痛い。何をするのだ金兵衛ふざけちゃいけねぇ、本当に私の目をつくという法があるものか

金兵衛・なんで私がご主人の目をつくものですか。私が真似しただけで、あなたの目が痛みましたか、おおこわ、婆はこうやって目の字を描いて命もとる言うてました。くわばらくわばら。

治右衛門・何、貴様が本当にワシの目を突いた、あああいたい おお、痛い見えなくなりそうだ、痛くて目を開けられん

案内人・雨はますます大振りになってきまして、雨戸が二箇所ばかり開いてるのに気づいた金兵衛さん、そっとそこから外を除きますと、松の植え込みから縁側へ手をかけてこちらに来ようとしている痩せ枯れた老婆がこちらをじっと睨んでいます。ほらそこまで来ています。キャーと金兵衛尻餅ついてわなわな、いよいよ婆と娘が現れたか、と南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、と祈るばかりでした。。次の朝。。。。。。

金兵衛・おはようございます。旦那、お目はいかがでございますね。

治右衛門・冗談にも程があるぜ。しかた話をして人の目をつき、もし目でもつぶれたらどうする。まぁまぁ今のところ別状ないがね。

案内人・どうもこの怨霊は時間をかける主義らしく、いっぺんにエイトはやりませんようで、、金兵衛はこの後、何度もイカ物を江島屋で売ることをやめるように治右衛門に訴え、ですが、何しろこれぼろ儲けなようで、一向に止めようとしません。金兵衛はまともな商いをやろうかと、気心知れた小僧を連れて江島屋から離れます。ささ、それでもしぶといのが江島屋で、婿養子に子が生まれ、旦那も後添えをもらい、これはこれで一波乱あるのですが、それは脇に置いておいて、結構安泰繁盛の日々が続き、数年が経ちました。さぁいよいよ母さよと娘里の怨霊話最終段階へと入って参ります。ここ数年は江島屋には幽霊が出る、時々ぼやが出るなど街に噂の煙痕を立たず、コロコロと転がる石のように転がり出した運命は一気に奈落まで、、、、、ある夜江島屋の日陰町の実家の出火が元で、店もろとも丸焼けの有様。丸裸同前の貧乏人に落ちぶれた治右衛門とうとう柴源之助町の裏長屋に住むまでになりました。呪いは続き、さらに治右衛門アキメクラとなってまして、微かに光だけは感じるようですがまるで歩くのもおぼつかなく、江戸を見限り、知り合いの道案内を頼りに下総まで落ち延びる旅に出たのでした。はうように歩くので、ようようにしてつか神殿に差し掛かりまし頃はどっぷりと日も暮れて、その日は秋十月三日のことで、里が身を投げてちょうど6年目の命日でございます。

治右衛門・ワシは目がほとんど見えないはずなのに、さっきから六じゅうほどの偉く痩せこけた婆が日の前後ろついてくるんじゃが、何狙っっておるのだか、ワシはモうなあんいも持っておらんぞ、ぬすっとなら、とくするものなあんにもねえぞ。ほれまた人の袖引っ張る、婆、なんのようだが、あれ、痛い、今夜はえらくめがが痛む、人の裾引っ張るのはやめてくれ、大きな声出して喉からからになっちまったわい。水の匂いがする、そうか婆が教えてくれたんかい。あぁ喉が渇いた。手ですくって川の水飲もうかのう。

娘お里・そらそらこちらの水はうまいぞ、冷たくて囂々と流れておるぞ。手を出しなさんせ、ほれもっと先まで手をだしんさい。私が手をかそうか。江島屋治右衛門、とうとうここまできましたね。母様の道案内でようやく私、里がいるところまで来ましたね。さぁこの流れの中に真っ逆さまに落ちてきなさい。江島屋治右衛門、私はこの日をこの流れの奥でずっと何年も待っていましたよ。さぁおいでなさいまし、ここは美味しい水が囂々と流れていて怖くて寂しい水底、さぁ、さぁ、さぁ江島屋治右衛門もおいで、母様と私の呪いを受けてみろ。

終わり。


記 

朗読劇・怪談江島屋騒動は「円朝全集」第一巻2012年岩波書店の中の『『鏡ケ池操松影』かがみがいけみさおのまつかげ』より構成を仕立て、手を加え加え台本作成しました。

台本製作平野公子

参考口演・古今亭志ん生「江島屋騒動上下」←ネットで聞けます。